文部科学省科学研究費補助金
特定領域研究「ゲノム」4領域
「比較ゲノム(領域2)」計画研究
 
「 多 細 胞 生 物 起 源 の 研 究 」

(課題番号:17018019)
 
期間:2005年(平成17年)4月〜2010年(平成22年)3月
 

文部科学省科学研究費新学術領域研究「生命科学系3分野支援活動」
(旧:文部科学省特定領域研究 ゲノム研究のホームページ)

 


 
研究組織
研究目的
研究成果の概要
今後の予定
研究成果(論文リストなど)
 


研究組織
 
  研究代表者
 
    岩部 直之 (Naoyuki Iwabe)
    京都大学・大学院理学研究科・生物科学専攻・生物物理学教室・助教
      研究室のページ
 
 
  研究分担者
 
    藤 博幸 (Hiroyuki Toh)
    九州大学・生体防御医学研究所・微生物ゲノム情報学分野・教授
    (現所属:産業技術総合研究所・生命情報工学研究センター・副研究センター長)
 
    隈 啓一 (Kei-ichi Kuma)
    国立情報学研究所・戦略研究プロジェクト創成センター(兼 情報学プリンシプル研究系)・教授
 
 
  連携研究者
 
    加藤 和貴 (Kazutaka Katoh)
    九州大学・デジタルメディシン・イニシアティブ・准教授
    (現所属:産業技術総合研究所・生命情報工学研究センター・招聘研究員)
 
    岡田 雅人 (Masato Okada)
    大阪大学・微生物病研究所・発癌制御研究分野・教授
 
    宮田 隆 (Takashi Miyata)
    JT生命誌研究館・顧問
 
 
  研究協力者
 
    佐々木 剛 (Go Sasaki)
    京都大学・大学院理学研究科・生物科学専攻・生物物理学教室・博士研究員
    (現所属:(株)カイオム・バイオサイエンス)
 
    菅 裕 (Hiroshi Suga)
    バーゼル大学・バイオセンター・細胞生物学部門(W.J.ゲーリング研究室)・博士研究員
 
    春本 晃江 (Terue Harumoto)
    奈良女子大学・理学部・生物科学科・教授
 
 


研究目的
 
 我々ヒトを含む全ての動物の体は、複数種に分化した多くの細胞から構成されている。このような
多細胞性の生物は単細胞性の生物をその起源としており、真核生物の3つの主要な系統、すなわち
動物、植物、菌類で独自に多細胞化が起きたと考えられている。特に、動物の初期進化の過程で起き
た多細胞化は、様々なボディプランを持つ多様な動物門を生みだす上での最も重要な進化的要因で
あり、多細胞化という形態レベルの進化と遺伝子レベルでの多様化の関連性について理解することは、
現在の進化研究に残された大きな課題の一つである。
 本研究では、動物初期進化の過程で起きた多細胞化の分子基盤の解明を目的として、多細胞動物に
最も近縁な単細胞生物と考えられている立襟鞭毛虫のゲノム解読を、「基盤ゲノム(領域4)」の
研究グループの全面的な協力のもとで行う。立襟鞭毛虫と他の真核生物のゲノム比較解析および
各遺伝子族についての分子系統解析を行い、動物の多細胞化に関連した可能性の高い遺伝子の推定
を試みる。そして、これら候補遺伝子の中で、細胞接着・細胞間コミュニケーション・細胞分化など
の観点から深く多細胞化に関わることが予想される「重要遺伝子」については、その進化学的、
発生学的意味を調べるために、国内外の研究者と協力して発現 ・機能解析等を行なう。
 


研究成果の概要
 
(1)Monosiga ovataのゲノム配列決定
 国立情報学研究所の藤山秋佐夫教授(領域2:比較ゲノム)、国立遺伝学研究所の小原雄治教授
(領域4:基盤ゲノム)、東京大学の森下真一教授(領域1:生命システム情報)および東京大学の
菅野純夫教授(領域4:基盤ゲノム)の各研究グループの協力のもと、立襟鞭毛虫の1種
Monosiga ovataのゲノム全塩基配列決定(ゲノム計画)および完全長cDNAライブラリー作製と
EST配列決定を行った。
 その結果、M. ovataゲノムについて以下のことが明らかになった。(1)推定ゲノムサイズは
約64Mbである。(2)推定遺伝子数は約20,000、平均遺伝子長は約2,200bpである。(3)
ゲノムのG+C含量は58.5%である。(4) 遺伝子当たりの平均イントロン数は約5.7、平均
イントロン長は約150bpである。(5) イントロンやスペーサーなどの非コード領域に
「ACACAC…/GTGTGT…」などの2塩基単位の配列が多く観察される。なお、この (AC)n/(GT)n
の繰り返し配列はゲノムの約2.3%(約135万塩基対)を占める。(6) 動物型のテロメア様配列
(CCCTAA)n/(TTAGGG)n が全体で約80カ所検出された。このことから約40の染色体からゲノム
が構成されている可能性が示唆された。
 立襟鞭毛虫のゲノム解読については、国外(アメリカ)でも研究計画が進み、2008年2月に
Monosiga brevicollisのゲノム配列データに関する論文が発表された(King et al. (2008)
Nature 451: 783-788.)。M. ovata(淡水性種)とM. brevicollis(海水性種)は
コドシガ科の同じ属に分類されてきたが、両者の遺伝的距離は脊椎動物(ヒト)と節足動物
(ショウジョウバエ)の遺伝的距離とほぼ同等である。最近の分子系統解析により、M. ovataは
サルピンゴエカ科のSalpingoeca amphoridiumに近縁であり、コドシガ科とは異なるグループに
属する可能性が示唆されている(Carr et al. (2008) Proc. Natl. Acad. Sci. USA
105 (43): 16641-16646.)。なお、M. ovataのゲノムサイズ(約64Mb)はM. brevicollis
(約42Mb)の約1.5倍であり、推定遺伝子数もM. brevicollisの9,196に対してM. ovataは
約20,000と約2.2倍である。

(2)比較ゲノム解析および分子系統樹解析
 M. ovataのゲノム配列データおよび完全長cDNA配列データを用いて、以下の比較配列解析等を
行った。(1)各種生物のゲノムおよび遺伝子に対する網羅的相同性検索。(2) タンパク質の
各種ドメインに関する(Pfam Hidden Markov Modelを用いた)相同性検索。(3) シグナル
伝達系・細胞接着・転写制御・アポトーシスに関与する遺伝子群および各種ドメインについての
網羅的系統樹推定(近隣結合法による解析)。(4) M. ovataゲノムに多数存在するカドヘリン
関連遺伝子のドメイン構造推定。なお、比較ゲノム解析には、ヒト(Homo sapiens:脊椎動物)、
キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster:節足動物)、イソギンチャク
(Nematostella vectensis:刺胞動物)、センモウヒラムシ(Trichoplax adherens:
板状動物)、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae:菌類)、アカパンカビ(Neurospora
crassa:菌類)、キイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum:細胞性粘菌)、
ヨツヒメゾウリムシ(Paramecium tetraurelia:原生生物)、ランブル鞭毛虫(Giardia
intestinalis:原生生物)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana:植物)および
立襟鞭毛虫2種(M. ovataとM. brevicollis)のデータを主に用いた。
 上記比較ゲノム解析からは、以下のような傾向が観察された。(1) シグナル伝達系に関与
する遺伝子については、動物特異的な遺伝子および動物と立襟鞭毛虫にのみ共通に存在する遺伝子
が多数あること。(2)転写関連遺伝子については、動物特異的な遺伝子が多数あること。なお、
立襟鞭毛虫には基本転写因子が多数存在するが、動物と立襟鞭毛虫にのみ共通に存在する転写
関連遺伝子はほとんど見つからなかった。(3) 細胞接着関連遺伝子については、動物に多数
存在するこれら遺伝子が立襟鞭毛虫ではほとんど見つからないこと。なお、立襟鞭毛虫には
カドヘリン・リピートをもつ遺伝子が複数存在するが、いずれの遺伝子も動物のカドヘリン・
リピートをもつ遺伝子とはドメイン構成が異なっていた。以上のように、立襟鞭毛虫のデータ
を含む比較ゲノム解析から、動物特異的遺伝子の候補をかなり絞り込むことができた。これら
遺伝子の中には、動物の初期進化において「新たに生じた遺伝子」や「重複やドメインシャフ
リングにより多様化した遺伝子」が含まれていると推定される。今後、上記のような「重要
遺伝子」の比較機能解析・発現解析等を国内外の研究者と協力して進め、これら遺伝子が「
動物の多細胞化」に果たした役割は何なのか(役割の有無も含めて)、その手掛かりを探る
予定である。
 M. ovataゲノム計画と平行して、幾つかの重要遺伝子に関する研究も進めた。RT-PCR法を
用いてM. ovataのホスホリパーゼC、イノシトール3リン酸受容体およびリアノジン受容体
遺伝子を単離し、塩基配列決定および最尤法による詳細な分子系統樹解析を行った。その結果、
動物特異的と考えられていたこれら遺伝子の重複とドメインシャフリングによる多様化が、
立襟鞭毛虫と動物の分岐以前に既に起きていたことが明らかになった。シグナル伝達に関与
するチロシンキナーゼ、チロシンホスファターゼ、Gタンパク質αサブユニット遺伝子の多様化
の一部が、立襟鞭毛虫と動物の分岐以前に既に起きていたことが強く示唆されている(Suga
et al. (2008) FEBS lett. 582 (5): 815-818.など)。本研究により、シグナル伝達
経路のより下流で機能しているホスホリパーゼCやイノシトール3リン酸受容体の多様化も
立襟鞭毛虫と動物の分岐以前に完了していた可能性が高いことが明らかになった。このことは、
動物特異的と考えられていた「イノシトールリン脂質代謝系シグナル伝達経路」そのものも、
立襟鞭毛虫と動物の共通祖先に既に存在していた可能性を強く示唆している。

(3) 立襟鞭毛虫および海綿動物の遺伝子の比較機能解析
 大阪大学・微生物病研究所の岡田雅人教授(連携研究者)の研究グループと共同で、立襟
鞭毛虫(M. ovata)および海綿動物(カワカイメン)のチロシンキナーゼSrcとCSKの機能
解析を進めた。その結果、(1) M. ovataのCSKは、M. ovataのSrcをリン酸化すること
によって機能抑制するが、リン酸化されたSrcには弱い活性が残ること、(2) カワカイメン
のCSKは、カワカイメンのSrcをリン酸化することによって完全に不活性化する(ヒトの
CSK/Srcの系と同様である)こと、が明らかになった(Segawa et al. (2006) Proc.
Natl. Acad. Sci. USA 103 (32): 12021-12026.)。立襟鞭毛虫と動物のCSK/Src
の系の間には機能的な違いが若干見られるが、CSKによるSrcの調節機構が動物と立襟鞭毛虫
の分岐以前にすでに存在していた可能性は高いと思われる。なお、アメリカの研究グループ
によるその後の研究によって、M. brevicollisにもCSK/Srcの系が存在し、M. ovataの
CSK/Srcの系と基本的に同じであることが明らかになっている(Li et al. (2008)
J. Biol. Chem. 283 (22): 15491-15501.)。
 動物では、CSK/Srcの系は細胞増殖にも関与すると考えられており、立襟鞭毛虫と動物の
CSK/Srcの系の機能的な違い(動物の細胞では、CSKによるSrcの調節(抑制)がより厳密
に行われている可能性があること)と、動物の多細胞性の進化とに何らかの関連性があるのか
という点について、他の調節系(シグナル伝達系)とも比較しながら検討することが重要に
なると思われる。
 


今後の予定
 
 本研究で得られた研究成果については、現在作成中の「Monosiga ovataゲノムHP」
および論文・和文総説などによって、近日中に公表する予定である。
 また、本研究で得られた成果に基づき、動物の多細胞化との関連性が示唆される「重要
遺伝子」の比較機能解析・発現解析等を国内外の研究者と協力して進める予定である。
 

 

研究成果(論文リストなど)
 
論文リスト(欧文学術誌)

Watari, A., Iwabe, N., Masuda, H., and Okada, M. (2010) Functional
transition of Pak proto-oncogene during early evolution of metazoans.
Oncogene 29(26): 3815-3826.

Hashimoto-Gotoh, T., Iwabe, N., Tsujimura, A., Takao, K., and Miyakawa, T.
(2009) KF-1 Ubiquitin Ligase: An Anxiety Suppressor. Front Neurosci.
3(1):15-24.

Katoh, K. and Toh, H. (2008) Improved accuracy of multiple ncRNA
alignment by incorporating structural information into a MAFFT-based
framework. BMC Bioinformatics 9:212

Katoh, K. and Toh, H. (2008) Recent developments in the MAFFT multiple
sequence alignment program. Briefings in Bioinformatics 9 (4):286-298.

Suga H., Sasaki G., Kuma K., Nishiyori H., Hirose N., Su Z.H., Iwabe N.,
and Miyata T. (2008) Ancient divergence of animal protein tyrosine
kinase genes demonstrated by a gene family tree including
choanoflagellate genes. FEBS Lett. 582(5):815-818.

Katoh, K. and Toh, H. (2007) PartTree: an algorithm to build an
approximate tree from a large number of unaligned sequences.
Bioinformatics 23(3):372-374.

Kojima, K. K., Kuma, K., Toh, H., and Fujiwara, H. (2006) Identification
of rDNA-specific non-LTR retrotransposons in Cnidaria. Mol. Biol. Evol.
23(10):1984-1993.

Segawa, Y., Suga, H., Iwabe, N., Oneyama, C., Akagi, T., Miyata, T.,
and Okada, M. (2006) Functional development of Src tyrosine kinases
during evolution from a unicellular ancestor to multicellular animals.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103(32):12021-12026.

Katoh, K., Kuma, K., Toh, H., and Miyata, T. (2005) MAFFT version 5:
improvement in accuracy of multiple sequence alignment. Nucleic Acids
Res. 33(2):511-518.

Katoh, K., Kuma, K., Miyata, T., and Toh, H. (2005) Improvement in
the accuracy of multiple sequence alignment program MAFFT. Genome
Inform Ser Workshop Genome Inform. 16(1):22-33.


その他(和文総説など)

岩部直之 (2009)
「Emerging Model Organisms - 立襟鞭毛虫」
「研究をささえるモデル生物:実験室いきものガイド」p.198(化学同人)

岩部直之、菅裕、廣瀬希、隈啓一、藤博幸、岡田雅人 (2007)
「分子進化と比較ゲノム:立襟鞭毛虫の遺伝子から探る動物の多細胞化」
細胞工学別冊 「比較ゲノム学から読み解く生命システム」6章 pp.74-81(秀潤社)

星山大介、岩部直之 (2007)
「発生と分子進化」
シリーズ21世紀の動物科学3 動物の形態進化のメカニズム 1章 

岩部直之、菅裕、廣瀬希、隈啓一、藤博幸 (2006)
「分子進化と比較ゲノム:立襟鞭毛虫の遺伝子から探る動物の多細胞化」
細胞工学 Vol.25, No.1, pp.80-86(秀潤社)






2010年9月18日 更新